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しかし・・・

30年という時の流れはここまで画(え)を変えてしまうものか・・・

「過去」の画を描くということは今の画を一時にせよ捨てるということで、

それではこの前にも書いたように本末転倒であるのだから、

今の画のまま「過去」の画を描くとするとそれはやはり「今」の画ではないのか?

などと、ぐずぐずしているうちに5月ももう幾日も残されていない・・・

まあ締切のある企画ではないのが救いでもあるのだが、逆にそれが焦りにもなる。

仕事部屋で天井を睨みつけていてもなんの解決にもならないのだが・・・・・・

はあ・・・ちょっとお気楽に引き受けすぎたか・・・・・・?

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No title

超力招来の前には剛力招来があるの喩えあり(笑)

どのような企画なのか判らないのでアレですが、僕は初期の絵と化石の記憶以降(アフター軽井沢シンドローム)の絵が好きです。初期の作品のタッチには絵としてのストイックな雰囲気があって好きで、化石の記憶以降の絵はキャラクターがストーリーの狂言回しや記号論的記号っぽく無く、人間っぽく感じるので・・・

無責任にいわせてもらうと、過去を取り戻すために今があるわけでも無し、今の解釈で僕はいいように思います。

比較することではなく、包括するものなのでしょうかね

確かにアキラ兄さんの書かれている通り、私も“石”以降、スプラウトの画風のキャラには人間味が増していて好きですよ。その分、旧軽や狼の時の様な個性は薄くなっておりますが、それはどんな作家さんでも同じことだと思います。作品の内容に力点を置かれた方が良いかと思います。楽しみにさせていただきます。

あきら兄さん、こーへーさん、ごめんなさい、でも言わせてください。

僕は「軽シン」の、(見かけ)人間味の薄いキャラが好きでした。(サラリとした顔の、線の細い感じとか)人間味とは対極にある、ジープやバイクといったメカ、そしてジーンズやジャケット、ゴーグル、ヘルメットなど小物のディテールの格好良さに痺れていました。(これはまさにストイックな、涙や人情などとは無関係な格好良さです)さらに言えば、物事の上っ面だけを撫でるよう(に見える)会話や、べたべたしていない遊びのようなベッドシーンも好きでした。

どうしてかというと、そんな世界にいる人間味の薄いキャラが、人間臭いことをやったからです。一種無機質な(ストイックな)細い線で描かれたキャラが、実際には人間的な行動をする。時には仲間のために犠牲になるようなことをする。そこに、何と言うか、独特の空虚感を伴った感動、というようなものが出ていたように思うんです。そして、その「空虚感を伴った感動」(これは、たがみさんが以前におっしゃってた「白い感じ」に近いものではないでしょうか)は、他の漫画では味わえないものでした。

人間味の薄い世界(絵のタッチも含めて)の中で、人間味のあるストーリーが進んでいく。そこに何か惹かれるものが出て来て、僕はそれに痺れていたんじゃないかと推測しています。

生意気なことを言ってすみません。アキラ兄さんやこーへーさんの意見はもっともなことです。
確かに、過去を取り戻すために今があるわけでないのですから。
たがみさん、結果どうなるにせよ楽しみにしています。
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